SHIMANE graphy

たたらの里・雲南|玉鋼と時代を超える響き

島根県・雲南市吉田町に息づく鉄の記憶

島根県の山間に位置する雲南市吉田町。この地には、日本の鉄づくりを支えた「たたら製鉄」の歴史が深く刻まれています。

町の中心に残る白壁の田部土蔵群は、日本遺産に認定された象徴的な存在です。静かに佇むその姿は、かつての製鉄の繁栄と人々の営みを今に伝える「証人」といえるでしょう。吉田の風景に立つと、鉄とともにあった暮らしの息遣いが、遠い時代から響いてくるようでした。

田部土蔵群 ― たたら製鉄の記憶をとどめる白壁の建物群

雲南市吉田町を歩いていると、まず目に入るのが、白壁と瓦屋根が連なる壮観な建物群です。

これが「田部土蔵群」。江戸時代から大正期にかけて建てられたもので、かつて日本一の鉄師と呼ばれた田部家が、鉄づくりと流通を支えるために整えた拠点です。

土蔵は、鉄の原料である砂鉄や木炭、さらには完成した玉鋼を保管するために使われました。白壁は防火の役割を持ち、分厚い扉や堅牢な造りは、ここがいかに重要な生産拠点だったかを物語っています。

日本の近代化を支えた鉄の多くは、この吉田から生まれました。

田部家は代々「鉄師」として幕府や藩に仕え、鉄の流通を一手に担うことで地域経済を発展させたといわれています。その名残として、土蔵群の敷地には当時の商家や役所を思わせる建物も残り、まるで「鉄の城下町」に迷い込んだかのような錯覚を覚えます。

現在、この田部土蔵群は「日本遺産」に認定されており、見学施設や資料館として公開されている建物もあります。中に入ると、たたら製鉄の道具や文書、当時の暮らしを伝える展示が並び、鉄づくりの営みがいかに人々の生活と深く結びついていたかを知ることができます。

白壁の土蔵が連なる風景は、四季折々の自然とも調和しています。春は新緑に包まれ、夏は青空に映え、秋は紅葉と共に、冬は雪景色の中で凛とした美しさを見せてくれる――その景観は訪れる人の心に深く刻まれます。

雲南市吉田町の田部土蔵群は、単なる歴史的建造物ではなく、日本の鉄の歴史そのものを語りかけてくる場所。

ここに立つと、炎に照らされた製鉄の記憶と、人々が生きた証が、確かに今も息づいていることを感じられるのです。

たたら製鉄とは何か

日本独自の鉄づくりの技法
「たたら製鉄」とは、砂鉄と木炭を用いて鉄を精錬する、日本独自の伝統的な製鉄技法です。
西洋では鉱石を溶かして鉄を取り出す高炉製鉄が主流でしたが、日本には豊富な鉄鉱石がなかったため、山々の川床や斜面から採れる砂鉄を利用しました。この環境に適応した独自の工夫こそが、たたら製鉄の大きな特徴です。

三昼夜燃え続ける炉と職人の技
たたら製鉄に使われる炉は「箱形炉」と呼ばれ、粘土でつくられた巨大な土炉です。
炉の中では三昼夜、つまり72時間、火を絶やさず燃やし続ける必要があります。その間、職人たちは交代でふいごを踏み続け、絶え間なく風を送り込むことで火力を維持しました。この過酷な工程を乗り越えて生まれるのが「けら」と呼ばれる鋼の塊であり、その中から選び出される最高品質の鉄が「玉鋼(たまはがね)」です。

玉鋼がもたらした文化
玉鋼は不純物が少なく、硬さと粘りを併せ持つため、精緻で折れにくい刃物を生み出すことができました。日本刀の強度と美しさは、この玉鋼なしには実現できなかったといわれています。また刀剣だけでなく、農具や生活道具にも広く用いられ、人々の暮らしを根底から支える存在でもありました。

地域社会と結びついた産業
たたら製鉄は単なる技術ではなく、地域社会全体を動かす大産業でもありました。砂鉄を採る人、木炭を焼く人、炉を操る職人、流通を担う商人――数多くの人々が関わり、経済や文化を形づくっていたのです。特に雲南の吉田町は田部家を中心に繁栄し、日本有数の鉄の産地として名を馳せました。

・日本遺産としての意義
今日、たたら製鉄は産業としての役割を終えましたが、その技法と精神は「日本遺産」として語り継がれています。火と風と人の力を融合させて生まれる鉄――。その営みは、単なる製造工程を超えて、日本文化の根源を支える精神性を象徴しているのです。

現地で体験する「刀鍛冶」の世界

現地の「たたら鍛冶工房 https://www.unnan-kankou.jp/trip/paperknife/ 」では、刀鍛冶になったつもりで体験することができます。

もちろん私も体験してきました。本格的な日本刀を鍛えるのではなく、15cmの釘を使って、鍛造、成型をして、オリジナルのペーパーナイフを作るというものですが、それでも一連の作業は迫力満点。

炎の前に立ち、鉄を赤々と輝かせながら叩く瞬間――。
ただの金属が、鍛えられるごとに「意思を持った鋼」へと変わっていくように感じました。

この体験を通じて初めて、なぜ日本刀が「折れず、曲がらず、よく切れる」といわれるのか、その理由が実感できました。

火と風と人の手が重なり、鉄が文化へと昇華していく。その強さは単なる物理的な強度を超え、「人と歴史の結晶」なのだと気づかされました。

吉田のまち歩きで感じる「ふるきよき日本」

吉田の町を歩くと、木造の家々や古い街並みが連なり、まるで時間が止まったかのような雰囲気を味わえます。通りには京都で修行した大将が腕をふるう割烹料理屋もあり、地元の素材を使ったお料理を楽しむことができます。
食を通じても、この町の歴史と文化を身近に感じられるのは大きな魅力です。

少し足をのばすと、川のせせらぎや山里の田園風景が広がります。静かな農村の景色と、かつて鉄を生み出した炎の記憶が、重なり合うように残っています。
観光で訪れる人にとっては、「日本の原風景」に触れられる貴重な場所になるでしょう。

旅のまとめ ─ 時代を超える響きを残して

雲南で出会ったのは、単なる鉄の歴史ではありません。
玉鋼を生んだ技術、田部家の遺産、刀鍛冶体験の驚き、そして街並みや自然の原風景。それらすべてが重なり合い、過去と現在をつなぐ「時代を超える響き」を形づくっていました。

島根・雲南を訪れることは、日本の精神と文化の源流に触れる旅でもあります。
静かに残る土蔵群や街並みの中に、炎と鉄が紡いできた物語が今も息づいているのです。


Tatara and Tamahagane: Echoes of Japan’s Iron Heritage

In the mountains of Unnan, Shimane, the town of Yoshida preserves the legacy of Tatara iron-making—a uniquely Japanese method of smelting iron sand with charcoal. Unlike Western blast furnaces, tatara required a clay furnace that burned for three days and nights, producing Tamahagane, the pure “jewel steel” that gave birth to the beauty and strength of the Japanese sword.

At the heart of Yoshida stands the Tanabe Kura storehouses, once managed by the powerful Tanabe family, Japan’s leading ironmasters. Their white-walled warehouses, now designated a Japan Heritage site, stored iron sand, charcoal, and tamahagane that supported the nation’s modernization. Walking through the preserved streets feels like stepping into an iron “castle town,” where history still breathes.

Today, visitors can experience this culture firsthand. At the local forge, you can try shaping a small paper knife, glimpsing the spirit of the swordsmith. Beyond the flames, Yoshida’s quiet wooden houses, seasonal scenery, and local cuisine invite travelers to savor the harmony of history and nature.

Here, the story of fire and iron is more than the past—it is a resonance that continues to shape Japan’s cultural soul.